今改正が歴史を語る上での非常に大きなターニングポイントとなることは間違いありません。戦前から 脈々と受け継がれてきた東北夜行の灯が今日、消えます。
これが国鉄が護り続けてきたものの終わりなのであろうと率直に思います。いつかは来ると思っていても、やはりさびしいものがありますね。
平成生まれなのに国鉄党という私の嗜好には、思うに今は亡き祖父に連れられて見ていた川口付近での情景が最も影響を与えていると思われます。もう新幹線は東北・上越ともに出来ていましたが、まだ「あさま」や「白山」が目の前を行き交っていたのを見ていたような世代です。
その「あさま」や「白山」も今はなく、また「能登」や「北陸」なども消えていき、最後に残ったのが「あけぼの」でした。
「あけぼの」の思い出といっても、直接触れるようになったのは最近のことです。青森からやってくる列車は朝が早く、上野を発車する列車は夜が遅く、大学生という身分を得るまでは、住んでいる家からではとても見れる列車ではありませんでした。
そんな私にとっての「あけぼの」が一気に身近になったのが、「あけぼのツアー」でした。
「往復『あけぼの』に乗って青森まで行って帰ってくるだけ」という、今考えてもとんでもない旅でしたが、乗ってよかったと率直に思います。
「あけぼのツアー」より少し前に開催された「きたぐにツアー」でも感じたことですが、生で体感することの重要性をこれほど実感するとは思いませんでした。匂い、雰囲気、空気、音。全てが「普通に走っている」からこその生の質感は、今思い出すだけでもまだ新鮮味があります。何にも変えがたい貴重な体験でした。
これらは「あけぼのツアー」の記録からの再録です。あまり感傷的なことを書くのは好きではないのですが、今回の記事を書くに当たって「あけぼの」の画像を探していた際に目に留まった、「あけぼのツアー」の際の写真を見ていると、当時の楽しかった記憶が鮮明に思い出され、また「あけぼの」がなくなってしまった以上、蔵出しする機会がなくなるということはあまりにもったいなく、ここで紹介させていただきます。被写体になってくださった皆様には、この場での確認になってしまい申し訳ないですが、何卒お許しいただけると幸いです。
ごくごく個人的なことですが、日本酒の味を覚えたのも、この旅の中で呑んだ「高清水」が非常に美味しかったからに他なりません。これから日本酒を呑むたびに、「あけぼの」の楽しかった3日間を思い出すことでしょう。
Thanks to Mr.KAZU(1枚目)& Mr.MASARU(3枚目)& Mr.NARU(4枚目)& Mr.HISASHI(5枚目)& Mr.mattun(6枚目)& Mr.SEKKI(7枚目)& Mr.noto92(8枚目左)! Spacial thanks to Mr.MAMO & Mr.S !
雑踏の中では感傷に浸れないと思い、興奮が冷めた頃に、主の行ってしまった13番線を訪ねました。
いつもと変わらぬ13番線でしたが、どこか大切なものが抜け落ちてしまったような、そんな感じがいたしました。