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豚汁模型!

ブログタイトルは滅茶苦茶ですが、とりあえずゆるゆる細々とテツドウモケイをいじりたいなあ、というのが信条の脱力系ブログ(?)です。

2018'05.25.Fri
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2015'11.21.Sat
前回の続きからはじめます。
 横瀬には電機機関車以外にも保存されている車両があるので、そちらの紹介から。

 製造時期を物語る湘南マスクの351系です。現在は旧番号のレタリングを入れて保存されていますが、こちらのほうが馴染みがありますので、今回の記事ではこの名前を使います。
 戦時中に大量に焼け出された木造国電を買いあさった西武は、その国電のパーツを使って独自の通勤電車を次々と生み出します。当時の西武は増え続ける沿線人口に対応するため異常な勢いで電車を作り続けており、この351系もその流れの中で生まれた車両です。
 前面こそ最新鋭のデザインである湘南マスクを採用していますが、焼け落ちた国電骨組みを再利用した17m3扉の車体であることや、機器類は全く国鉄時代のままである点など、随所に国鉄の趣を残しています。
  1954年製のこの電車、廃車は1990年です。当時、多摩湖線の国分寺駅が20m車の入線ができなかったために遅くまで残っていたものですが、3連の中間につないでいたサハは何と国鉄から譲り受けた戦前製のものをほぼそのまま使っていたというのだから驚きです。


 お馴染み、レッドアローですね。あまり関係ないですが、KATOのレッドアロー、悩みました(^^;
 ヘッドマークの付かないオリジナルの姿で保存されています。富山地鉄に行った仲間は、ヘッドマークを付けた状態のまま活躍していますね。


 いつの間にやってきたのか、101系もいます。西武というと、私はやはりこの顔ですね。
 101系自体は支線でまだ活躍していますが、そちらはN101系と呼ばれる後期型で、701系などと同じ顔のこちらの前期型は全て廃車されてしまいました。


 西武の3000系というと、西武ファン以外にはあまり馴染みのない形式と思いますが、それもそのはず、400両以上が製造された2000系に比べると、2000系の製造数は90両弱であり、マイナーな形式でした。
 ここに何故保存されているのかといえば、松本零士氏の描いた銀河鉄道999のラッピングが施されているからでしょう。ですが、著作権には使用期限があり、それを過ぎると企業は著作を使用できないことになっています。ということは、3000系がここに居られるのもあとわずかしかないのでは? とも思います。


 日本の大手私鉄でディーゼル機を保有していた例はあまりないと思います。その中で西武は多くの専用線を抱えていたこともあって、多数のディーゼル機関車を保有していたのですが、このD16はブリジストンの工場で働いていた車両で、工場閉鎖後はこの横瀬で入替用として働いていました。
 現在も動くことができるようで、イベント時の入替にはこの車が使われているようです。スイッチャーの世界はあまり詳しくないのですが、日本車両で作られたこのタイプの車両は日本全国
いたるところで見ることができました。しかし近年急速に数を減らしており、貴重なものとなってくるやもしれません。


 西武は貨物輸送も手広くやっていたことは何度もお話していますが、その名残である貨車も保存してあります。手前が緩急車のワフ105、奥が鉄製有蓋車のスム201です。ワフはKATOから最近発売されましたね。
 にしても保存車に乗っちゃって大丈夫なんですかね。いや、立ち入り禁止のロープやテープは巻かれていないのでいいんでしょうが、来場者のモラルとかそういう話以前の問題として、研修庫が雪で崩れた今、西武鉄道は保存車をこのままにしておいていいんでしょうか。考えさせられます。


 最後に、シートにかけられたこの車を紹介します。動輪の形からして蒸気機関車であることはわかりますが、このようなイベントにも関わらず公開されないというのもおかしな話です。
 この機関車、作られたのは何と1887(明治20)年というから驚きです。当時の日本では蒸気機関車の製造技術はありませんでしたから、製造はイギリスのナスミスウィルソンです。元は日本鉄道で働いており、作業局A8という形式でした。そこから西武に払い下げられて4号機関車となったものです。
 これだけ古いものですから、この時代の機関車で現存機というとほぼ皆無で、博物館等であるなら目玉として展示されてもよいくらいの貴重な機関車なのですが、西武は電気機関車にしか興味がないらしく、10年以上前から放置されたままになっています。
 若葉台の車庫に保存車を保管してあった京王は、少し前に展示施設を作って一般公開を始めました。横瀬にある保存車も、舶来の電気機関車が完璧な状態で多数保管してあるという点でかなり貴重ですし、保谷にある2両の保存車も含めて、常設展示できる施設を西武所沢工場の跡地(2000年に閉鎖されましたが未だに手つかずで残っています)あたりに作ってほしいですね。その折には、この機関車も整備してくれるのではないか、と思ってもいます。

 というわけで横瀬のイベントでの保存車はすべて紹介いたしました。
 この後時間があったので、秩父鉄道の三峰口まで行ってきましたが、その詳細はまた後日ということで。
 それではまた(^^)ノ

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